わたしを知るもの好きがたり

「わたしを知る」をテーマに自由に書いています。

思考は響き渡る

 

このTweetから、ぼちぼち2ヶ月ぐらいたったかと見直してみたら、まだ1ヶ月半だった。

その日の朝起きた時、この内容がふと浮かんだ。ここ3年ぐらい、Ψ7について模索している。
この思考の直後、背骨がボリボリっと音を立てて動いた。
実際には音は鳴ってはいないだろうし、背骨周りの筋肉が動いたのだとは思うが、背骨が突然意識され、動いたと感じた。

初めての経験なので驚いた。
パートナーに背中を見てもらったところ、ゴツゴツして凸凹していた背骨が真っ直ぐきれいになってるとのこと。驚いていた。姿勢も違うらしい。

2015年以降、緩やかな身体の変化などはあったが、ここまで急激なのは初めてだった。
しかし、どこかで読んだ「急激な変化には反動がある」が頭をよぎる。

思った通り、この1ヶ月半は、ジェットコースターのような感情の変化を経験した。
過去のパターンを繰り返して、「やってしまった・・」と思ったこともあった。

揺れ動く出来事に呼応するかのように背骨にも変化があった。
背骨は元に戻ったり、またきれいになったりを繰り返した。

だいぶ落ち着いてきたようだが、身体の変化は少なくとも3ヶ月、それ以上かかるものだと思うので、気長に様子をみていきたい。

 

もうひとつ発見があった。

私はまだまだ意識しないと不動点を観じることができない。

今回のように、日常生活の感情の波に翻弄されているときは、意識することそれ自体が難しくなる。それでも気がついたときには、その都度、思考を組み立てる。
合言葉は無限遠点だ。

やっとのことで不動点を意識できたとき、
「結果に関わらず、私がやりたいと思ったことをやることができて、とっても満足だ」という強い充足感と心地よさが胸の辺りから前方向全体に響いてきた。
生きていること自体への讃歌でもある。

ここまではっきりと強い感覚を感じたのは、過去の一連の経験以来のことだ。

この感覚は、日常の感情とか、気持ちとか、そういうものとは違う。
「えっ、あなたそんなこと思っていたの?」ぐらい、私とはかけ離れている。
私の落ち込んだ気持ち、後悔など、おかまいなしだ。
でもそれを知って、私も立ち直れる、元気になる、前を向こうと思える。
静かだが、とても力強い。

思考は全てに響き渡る。